ここ十数年、当社では林業や森林ボランティア、あるいは林野行政等に係る方々の人材育成事業に携わってきたことについては、ことあるごとに紹介しておりますのでご存知の方も多いかと思います。只ここ数年、その対象となる方々や実施する事業内容の傾向が少しずつ変わってきています。以前は、例えば林業であれば、林業知識や技術を学び個人的なスキルの向上を目指すための事業がほとんどだったのですが、昨今は、他人にその知識や技術を教える人、さらには組織やチーム等の指導者(リーダー)になる人を育成するための事業が増えてきています。その背景には、研修等への参加や自己研鑽により個々の能力の平均値が向上してきたことと、その一方でその能力が組織やチーム等でうまく発揮させられない、あるいはある一定の能力を持った人は部下や後継者を育成する立場になってきたということがあるのではないかと考えます。今や、林業や森林ボランティア、さらには林野行政までも組織やチーム力が問われてきており、役割の明確化による業務の分業化も進んできています。以前のような、少し厳しい言い方をすれば“自己満足型の知識と技術の習得や向上”だけでは現場が回らなくなってきているのが実態なのだと思います。特に林業の現場においては死傷災害も減っておらず、全産業の中でも突出して多い状況が続いています。そのため、以前から現場における技術・安全指導の改善が求められていますが、高い林業技術と同等に重要な“他人に教えるための技術”を学んだことがほとんど無いこともあり、必要な指導ができていないのが実態です。旧態依然の「技術は見て、盗んで覚えろ!」の精神がまだ抜けていないのもあります。只これは、現場の技能者だけの問題では無く、技能者が従事する事業体経営者の考え方や問題意識の欠如が根底にあることも少なくありません。また、この状況は現場に限ったことでは無く事務職においても同様です。
 その一方で、そのことに対する危機感や問題意識を持ち始めた現場技能者や経営者が出て来ていることも事実です。それ故に教える人や指導者を育成するための研修等の実施を希望する、あるいはそこに参加する者が増えてきているのだと思います。私も、この“教え方や指導方法を教える”ことがここ数年の特に林業界にとって重要なテーマになってくると考えています。現場である程度の知識や技術を磨き、経験を積まれた方を指導者にしていかなければ、この業界における慢性的な指導者不足は解消されませんし、ノウハウも継承・蓄積されません。ただ、“教え方や指導方法を教える”ことは容易いことではないのも事実です。何故なら、教えたから、指導したから相手がそれを理解し、できるようになるとは限らないからです。教えた、指導した結果、相手がそれを一人でできるようになったという事実があって初めて教えた、指導できたことになるからです。集合研修、個別指導、OJT指導でもそれぞれに教え方は異なります。教える相手がどのような人なのかを事前に情報収集し、どの程度の距離感や関係性を保ちながらどのような方法で教えていくのか、これを確認しながら、時には方法を変えて繰り返し実践していく必要があります。時間と手間はかかりますが、おそらくこの程度の事までやらないと死傷災害も減少しないし、事業体や林業の発展もないのではないかと思います。
実は、“教え方や指導方法を教える”ことの重要性については、私のみならず業界に関わる教育機関やその担当者からも指摘されるようになってきています。また既に、個々の事業体でも指導者の育成に熱心に取り組んでいるところもあります。今後は、その方々とも協力させていただきながら、“教え方や指導方法を教える”研修や個別指導の開発と実践に努めていきたいと考えています。
もうかれこれ15〜16年にもなるかと思いますが、当社では林業の担い手(行政職員から民間の林業事業体まで)や、環境NPO(とりわけ森林保全団体)等の方々を対象に、組織やチームづくりにおけるコミュニケーションの重要性についての講義や演習等を行ってきました。その際、研修生や関係者から必ずと言っていいほど「どうやったらコミュニケーションが図れるようになりますか?」という質問をいただきます。“どうやったら”つまりは“HOW”の部分です。おそらく皆さん、組織やチームの中で何をするにおいてもコミュニケーションは大切だと普通に感じているからそのような質問をされるのだと思いますが、そもそも誰と誰の間のコミュニケーションなのか、どのような関係性を築きたいのか、今はどの程度のコミュニケ―ションが図れていて何が足りないと感じているのか等相手や状況次第で対応の仕方が変わってくるので、先ずはその辺りを聞かせてくださいと答えます。コミュニケーションがうまくとれていないと、確かに問題等が発生する傾向は高くなります。ただ、最終的に相手(複数の場合もある)とどのような状態(良い関係)になっていたいのか、そうあることでどんな良いことがあるのか等の到達点を明確にしなければ、現時点の状況とのギャップがどの程度あるのかも分かりませんし、乗り越えるべき課題(ふさわしいコミュニケーションのとりかた)も見えてきません。つまりは、何のための関係性の構築なのかを明確にしなければ、漠然としたコミュニケーションの取り方しかできないと考えます。このことはコミュニケーションに限ったことではありません。問題、いわば現在困っている状況から抜け出したい、だからその方法(HOW)を一生懸命に模索する。そしていろいろと試してみる。だけどその問題はいっこうに解決しない。そんな経験は誰もがお持ちかと思います。その理由は目指すべき到達点(WHAT)をとことん追求していないからなのだと考えます。
これは、個人的な思いかもしれませんが、昭和から平成、そして令和へと時代が移る中で、人々は個々の中でその人の目指すべき到達点や自分は何のために何をしたいのかということを考えなくなっているように感じます。誰か他人がつくった課題を乗り越えさえすれば何となく暮らしていける。誰かが引いたレールの上に乗っかっていれさえすれば、頑張って自分で自分のための“何のため”を探さなくても前に進んでいるように感じられる。まるでゲームをクリアするように、社会がそんな画一化された風潮になっているようにも思えます。おそらくその原点は教育になるのだと考えます。個々の思いや個性、こだわりを尊重するのではなく、統制された社会、管理しやすい社会、つまらなさと引き換えにした安定した社会を維持するための教育になってしまっているのではないかと危惧します。私は、個々の思いや個性、こだわりをそれぞれが尊重し、それを融合した社会にしていくことこそが、この先のあるべき姿の社会なのではないかと思います。そのためには、個々が“自分は何のために何がしたいのか”ということを考え、発見、探求できる教育(学校教育に限らない全ての教育分野)というものを改めて創造、構築していく必要があるのではと考えます。もちろん、現在当社で実施している研修等の中でも。
ここ数年、当社で運営事務局を担当させていただいているフォレストマネージャ―研修を10月14日から5日間の日程で実施しました。10月14日は、台風19号が関東から東北南部を直撃した10月12日から13日の直後ということになります。
研修会場は埼玉県の熊谷市。研修参加対象者は関東一円と中部、北陸、一部の関西地区の方が主です。当然ながら、研修開始数日前から台風の進路予測や規模等についての情報に注視していましたが、実際に上陸した際の各地の状況やその後の被害状況等についての情報についてはタイムリーに得ることはできませんでした。テレビ等から流れてくる情報がもっともレアな情報であり、その内容や様子を見る中で状況を確認せざるを得ません。ただ、テレビ等が放映する情報は全体のほんの一部であり、こちらが知りたい地域の状況を把握することは困難です。5日間の研修のうち1日は山間部における現地実習もあるのですが、居住地域から遠く離れた現場の状況を即座に把握することはさらに困難であると言えます。念のため現地実習の現場のある町役場に電話をしてみましたが、13日は日曜日ということもあり誰も出ません。現地実習の場所の提供と指導いただく森林組合の方に連絡を取ったところ、まさに職員で手分けして地域の被害状況を把握するための踏査を行っている最中ということで、その時点ではまだ全容が掴めていないという状況でした。

その後、何回かのやり取りの中で、予定していた現地実習の現場まで行く道路で崩壊があり、現地まで行けないことが判明しました。幸いにして森林組合の方が、研修を行う上で危険の無い代替場所を確保していただき、結果として現地実習を実施することができましたが、現地でしか知り得ない情報をどのように把握すべきなのか、その後の対応をどうすべきなのか、その難しさを実感させられました。
他方、研修生の居住地域の被害状況についても同様につかめず、その時点で入ってくる情報だけを頼りに研修開催の有無を判断せざるを得ません。結果としては、一人の研修生が防災対策のリーダーを務めている関係で欠席となりましたが、それ以外の方は全5日間の研修を無事修了することができました。ただ、一部の研修生からは、研修開催の有無の連絡等についての不満や改善を求める声も出ていました。その後、徐々に被害の状況が判明、さらには拡大していったことを考えますと当然あることです。

正直、研修自体は安全に実施できることが確認できたので決行としたのですが、結果としてこれだけの大規模災害になってしまった事実を考えますと、研修を中止あるいは延期にするという判断もあったのかもしれません。ただ、情報が掴めない初期の時点での判断は本当に難しいと言わざるをえません。それゆえに、特に災害に関する情報はタイムリーには入ってこない、入ってきてもその一部でしかないということを痛感させられたこの度の経験から、事前の情報把握のためのネットワークづくり、判断基準、対応策等、これまで以上にしっかりと構築し関係者間で共有する必要があると再認識しました。今後に向けて取り組んでいきたいと思います。

9月8日の未明に台風15号が房総半島に上陸しました。この地域も含め首都圏近郊を台風が通過することは毎年1、2回あります。ただ、今回のように海から直接上がってくるような台風はほとんどありません。翌朝、都内の自宅から外に出てみると、道路には街路樹の枝や葉があちこちに散乱し、古樹などは根元から倒れているものもあり、これまでにないような強風に襲われたのだと感じました。台風の進路の西側にある千葉県鎌ケ谷市の私の実家からは、屋根の一部が破損したとの連絡があったのですが、幸いにして大きな被害にならずに済みました。ただ、親類のいる勝浦市では4日間停電が続いたとの話を聞きました。千葉県南東部ではいまだに停電が続いている箇所もあり、また農産物の被害額を見ても甚大な災害になってしまったことに、私も長年千葉県で生活していたということもあり、胸の詰まる思いでいます。

報道では、この長く続く停電の大きな理由として、倒木による電線の切断、電柱の倒壊と伝えられています。確かに千葉県は一番高い山でも愛宕山の408mであり、山間部と言われる箇所はありません。県全体が里地里山と言えると思います。私が住んでいた鎌ヶ谷市でも昭和50年代頃までは、今ではすべて住宅地になっている場所の平地にたくさんのスギが植えられていました。住宅のすぐ隣にスギ林があり、そしてそれと並ぶようにして電柱が立てられていました。今では東京に近いエリアから開発が進み、住宅、工場、商業施設が立ち並んでいますが、房総半島の南東部に行くと、住宅の近くに田畑やスギ林(今では竹林化)、その間を貫く電柱が多く残っています。そして、当然ながらとは言いたくないのですがスギ林も竹林もほとんど手入れがされていないので、今回のようにたくさんの倒木が電柱をなぎ倒すことになったということなのだと思います。報道の街頭インタビューで「倒れた木をさっさとどかして早く回復させてあげればいいのに。行政や電力会社は何をしているんだ!」と言っている方も少なからずいたようですが、倒木であっても所有者がいたり、何より電線や電柱に寄りかかっている倒木を二次災害もなく安全に除去するには相当の技術と、一部では資格も必要になってくるので簡単にはいかないのだと思います。被災されている方々の実態・状況を思いますとそんな悠長なことは言っていられないのはわかりますが、予測していなかった、予測できなかったことがこの問題を長引かせているのだと思います。

このような災害は、房総半島に限らず都市街近郊の里地であればどこにでもおこり得るものだと思います。我々は、山林で起きる災害は山間部でおこることだと思いがちですが、生活に密着にした裏山でもおこるものだと再認識し、予測を含めどのような災害がおこり得るのか、そのための対策をどのようにすべきなのかしっかりと考えていく必要があるのだと思います。

森林保全や林業に関わる仕事をしていると、年に何回かはほとんど観光では行かないであろう山村地域に出向かせていただくことがあります。仕事の内容は森林保全を行う団体や林業事業体への調査や取材、研修、個別のサポート等です。どのような仕事、団体、事業体であっても直接現地に行って得られる情報は、我々にとっても非常に貴重なものだといつも感じています。


そんな中、数年前からですが、元気で活気あふれる団体や事業体にはある共通点があることに気づきました。それは、本業以外の地域交流活動を積極的に行っているということ、そしてその内容をホームページや会報誌等できちんと広報・PRしていることです。例えば、ある団体は森林保全と森林環境教育を主に行う一方で、子育て世代のお母さん達の悩み相談会を開催しています。また、ある林業事業体は、近隣の小学生から高校生を対象に林業体験教室を開催しています。さらに別の林業事業体は、犬や猫、さらにはヤギ等の動物を飼い、地域の人達を呼んでふれあいバーベキューパーティ等を定期的に行ったりしています。いずれも自ら職場以外の地域の方々と積極的にふれあい、あえて周りから自分達を見てもらえる風通しの良い環境をつくることで、いつも見られているので変な仕事は出来ないし、しないという自覚が持てるように、また多様な立場の方々と様々な思いや情報を共有することでお互いの存在価値を高められるよ

うにと努めています。


山村地域にある団体や事業体は、それぞれ積極的に周りの方々と触れようとしないとどんどん閉鎖的になっていきます。通勤や活動をする現場までの移動も車が通常ですので、意図して行動をしないと家族や職場以外の人と触れることが無いのです。個人的にはそのほうが楽だから良いと考える人もいるかもしれませんが、団体や事業体である以上「何をしている人達の集まりなのかわからない」からはじまり、いつの間にか「怪しい集団」というレッテルが貼られ、変な噂が流れるようになってしまっては活動することができなくなってしまいます。うちの団体・事業体は「そんなことない!」とおっしゃる方もいるとは思いますが、案外、外から見ている人(特に若い人達)からは、少なくとも「何をしている団体(事業体)?」として映っていることもあるのです。実際に、何とも言えぬ疎外感を感じながら活動や仕事をしている団体・事業体もあるのも事実です。いずれにしても、そのような団体や事業体であっては活動や仕事も担い(働き)手も徐々に離れて行ってしまいます。それが分かっているからこそ、元気で活気のある団体は地域住民や団体に溶け込み、その考えや活動を積極的に広報・PRしているのです。


地域の中で自分達を知ってもらうことが山村地域であればあるほどむしろ大切であり、持続性のある活動につながっていくのだと思います。そして、ここ数年の間にこのような活動(広報・PRも含む)を積極的かつ定期的に行う団体や事業体と全くやらない、あるいはできない団体や事業体の差が広がっているようにも感じます。森林環境(譲与)税の使い方が分からないという市町村のご担当者が多いと伺っていますが、是非とも“元気で活気あふれる、そして多くの人が集まる団体・事業体へのサポート”と“その活動に対する地域住民の理解促進”につなげる活動に使ったら良いのではないかと思います。