昨今、過去の時点において将来の見通しや判断を見誤ったばかりに、誰もが「それは単なるつじつま合わせでしょ」、あるいは「常識的に考えたら、嘘の上塗りでしかないでしょ」としか思えないような発言や対応をしている方々を多く見ます。それによって自分だけが恥をかくだけなら良いのですが、それがどう見ても利己主義的で、また多くの方を巻き込んでいるのであれば社会問題となります。そうならないためには、状況をしっかりと見極め、自身の置かれた立場や自分に課せられた役割を認識し、本当は沢山ある中から対応すべき術を選択できれば良いのでしょうが、現実的には数ある中での最良な術を以ってことにあたることが大切なのだと思います。つまりは、広域的視点から適切な判断ができる力を持つということだと思います。特に、組織や団体、地域の統率を図るリーダーにとっては必要不可欠な能力だと思います。でも、何故その判断を誤るようなリーダーが増えてきたのでしょうか。自分に対するおごり? 損得勘定? 歪んだ自己顕示欲?
 以前、ある有名な大学の名誉教授が、日本の学校教育においてこの判断力を養う、あるいは身に付けるということを学ばせてこなかったと言っていました。これについては社会教育という視点からも同様のことが言えるのではないでしょうか。この背景には、物事を判断して決める人とそれに従う人で社会を回してきた日本の昔ながらの構造に原因があるのかもしれません。いずれにしても、判断することの経験が浅い現代人にとって適切な判断をするというのは本当に難しいことなのだと思います。こういった場合、リーダーは専門家や研究者等に依頼し、過去の蓄積やデータから検証された科学的根拠に基づいて判断を下すことも多いと思いますが、適切な判断か否かは、結局は判断を下す人の裁量にかかってきます。いずれAIが科学的根拠の精度を高めてくれるとは思いますが、今後はそれ以上に、それらを適切に判断できる力を持てる人を社会全体の中で増やしていく必要があると思います。そのためには、やはり実体験による継続的訓練こそが最も大切なことだと考えます。それも、学校教育の中で取り入れられるのがベストだとは思いますが、直ぐにというわけにはいかないと思いますので、先ずは数年前から注目されている社会人向けのCPD(Continuing Professional Development/専門的能力の継続教育)として取り入れていけば良いのではと考えます。現に、私たちが携わっている森林・林業の担い手育成事業の中の、リーダー育成等でも、継続教育の重要性を訴える研修生が増えてきています。ある研修生からは、「自分は林業の現場の班長であり、現場では日々様々な判断をしながら班員に責任のある指示を出さなければならない。でも、これまで大きな責任を課せられるほどの判断をする必要もなく生きてこられた自分に適切な判断が下せるとは思えない。だから、継続的に訓練できるような機会は欲しい・・・」と言われました。
 これに対して厳しい見方をすれば、それが分かっているなら自身で意識を変えて日頃から訓練すれば良いのではと言うこともできますが、おそらくそれはその方だけの問題ではなく、個人の裁量を以ってかたづけられない実態なのだと思います。“判断力を身に付ける”ことは、本当に難しく時間を要することかもしれませんが、その先の未来を考えるのであれば、今できることから取り組んでいかなければならないと考えています。
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